フランツ、今日でもう三日もおまえと会っていない。
朝から晩まで働いているというのに、どんなに目を通してサインをしても、山のような書類は一向に減らないし、俺と会いたいという人間も後から後からやって来る。
「くそっ、少しは休ませろよな」
フランツの笑顔だけが、今の俺の救いだった。
「これが本物だったらなぁ……」
「若、フランツの写真なんか眺めてないで、とっとと片付けてください。こんな状態では、今夜も屋敷に帰れませんよ?」
「ウェルズ、入ってくるときはノックぐらいしろよ!」
突然声をかけられて驚いた。
自分がだらしない顔をしていたことくらいは容易に察しがついたから、そんなところを見られてしまった決まり悪さもあって、つい言い方がきつくなってしまうが、ウェルズには通じない。
「ノックはしましたがね……。ところで若、ハロルド社のカーンズ様がお見えになっておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「もうそんな時間か。十秒待て……よし、良いぞ」
今はまだ、やらなければならない仕事がたくさんあるから、フランツのことは頭の隅に追いやって、気持ちを切り替える。
「いつものことながら素晴らしい能力ですね。フランツにも見せてやりたいですよ、若の顔付きが変わるところを」
フランツと言われて、一瞬気持ちが緩んだ。
「あ、若、鼻の下が伸びてますよ」
「おまえがフランツって言うからだろう!」
ったく、俺で遊びやがって。そんなに笑いを堪えてくれなくたって結構だ。
「ハハッ、すいません。私もちょっと息抜きがしたかったもので」
「もう良い。カーンズ氏が待っているんだろうが」
「あぁ、そうでしたね。では」
すっと笑いを引っ込めて、冷静な顔に戻ったウェルズを見て思う。今のウェルズの方こそ、フランツに見せてやりたいと。どういう訳だかウェルズも、フランツの前では仕事の時の顔を見せないのだから。
今日はもう、カーンズ氏以外に人に会う予定はないし、書類だって大分片付けたのだから、今日こそ屋敷に帰ってやる。そうしてフランツを抱き締めて、甘い一夜を過ごすのだ。きっとフランツも、俺の帰りを待っているはず。
楽しい想像に、つい入り込んでしまっていたら、ウェルズの呆れたような声が届いた。
「……その、締まりのない顔は止めてください」
今のは俺が悪かった。解ってはいるが欲求不満は募る一方で、気がつくとフランツのことばかり考えている。
「そうやって無駄な時間を増やしていると、本当に帰れませんよ?」
「解っているから、早くお通ししろ」
こんな調子では、今夜も帰れなくなってしまう。
「後で電話しよう……」
とりあえず声だけでも聞いて元気付けてもらわないと、この書類の山には立ち向かえそうにもない。
ドアをノックされて、今度こそ気持ちを切り替えた。
「どうぞ」
今の俺は、表の顔のジャッキー・グーデリアンだから、半端な態度は許されない。
フランツに会えるのは、まだ先のことになりそうだった。
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